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真田家は小藩でありながら、幕末には「上屋敷」「3つの中屋敷」「下屋敷」を持っていました。明暦3年(1658年)の江戸の振り袖火事によって江戸城もろとも、江戸の80%が焼き尽くされましたが、(虎ノ門の)中屋敷だけは燃えずに残っていました。
廃藩置県の折りにも取り壊されず、関東大震災からも生き残った中屋敷は太平洋戦争の戦火から逃れるため、とある鉱山王の手によって「中島邸」として長野県佐久市野沢に移築されました。
中島邸はその後、佐久市に2億円あまりで売却されましたが、1984年に屋敷の公売を行いました。それを当ホテル天竜閣の主人が落札しました。丸子の地に再移築し、現在に至るというわけです。
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